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2012年1月26日 (木)

<総記録社会>というユートピア…『一般意志2.0』

 本書『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル 』はルソーの<一般意志>に触発された本。でも東浩紀さんの主張する<一般意志2.0>を担保するものはルソーではなく、むしろスコット・ペイジの方かもしれない。ペイジは民主主義そのものにとって重要な、大衆の示す属性?に重大な事実を発見したからだ。

 それが本書で紹介されている「多様性予測定理」「群衆は平均を超える法則」の2つ。

 タイトルのルソー、フロイト、グーグルにそれぞれ重要な意味があるけど、民主主義だけではなく社会一般あるいは世界そのものにとって重要なのはスコット・ペイジの発見かもしれない。ペイジの理論はある意味で大衆論や大衆という概念そのものにケリをつけた可能性もある。

           
一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

著:東 浩紀
参考価格:¥1,890
価格:¥1,890

   

 ペイジ(の訳)のいう「衆愚」が正確な予測を生みだすというのはどういうことなのか? ペイジが属するサンタフェ研究所や複雑系では金融の予期理論なども研究されていて、本書『一般意志2.0』のなかでも<予測市場>などが紹介されている。特別な知識がない一般的な人々でも(つまり専門家でなくても)ある方法である特定の世界の予測ができるというもの。(投資の世界ではある程度知られているかもしれないがサンタフェ研究所では株価の予測システムなどとして成果を生んでいる。日本でも新日鉄の溶鉱炉の制御システムから生まれた金融の予測システム、日立のヘッジファンド向けシステムなどがある)

           
「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき

翻訳:水谷 淳
参考価格:¥2,520
価格:¥2,520

   

 極端にいうと少数のプロより多数のアマチュアの方が正しいというもの。最高の英知だと自負している科学者が原発事故を想定できず、地球物理学者が太平洋は広いから津波は拡散して10メートル以上の高さにはならないと理論的に判断し、これらが現在の福島原発事故の原因になっている事態は、歴史的、経験的な事実として日本の各地に記録されている20、30メートルの津波が来たという事実データと比べてコッケイ…。複雑な理論やスパコンによる計算が根本的に意味を成さない、それどころか致命的な陥穽を含む可能性を311は証明してしまっともいえる。他方、人々の生活の環境に刻まれた記憶=データは十分に大災害をヘッジできる可能性があった…。

 東さんが<総記録社会>と呼ぶ近未来?の社会はリアル。部分限定ならすでに現実だし、個人がみんな自分の総カルテみたいなものを総背番号とともにもつようになるのかもしれない。プライバシーの問題とか監視社会だという指摘はあるけれど、そこからの離脱が自由ならOKではないか?と思う。刑務所の外と中のどちらが刑務所かとかディニーランドの外と中のどちらがディズニー的かという指摘はボードリヤールみたいに以前からあった。ただそれがリアルになってきたということ。そこへの参加と離脱という選択が自由ならばそれでいいのでは…ということで究極はやはり自由の問題かもしれない。

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 ステキな一般意志がいっぱい…です!

▲Stairway to Heaven
書評:東浩紀『一般意志2.0』
ひとびとはこの枠組のなかで、宗教的・政治的・文化的な共同体を自由につくることができる。だがそこには、ひとつ大事な原則がある。どのような共同体も、本人の意思で自由に退出できることだ。

▲Living Well Is the Best Revenge
東浩紀『一般意志2.0』http://tomkins.exblog.jp/tb/17552265
「一般意志2.0」がユートピアにつながるか、ディストピアへの道であるかについてはひとまず措くこととしよう。東は本書で「未来の夢」を語ろうとする。ペシミズムに毒された現在にあって、議論の内容はともかく、東の姿勢に私は強い共感を覚えるのだ。

▲サブカル波動関数論
一般意志のネットワーク表現@一般意志2.0
しかしこのTwitterや2chに代表されるようなネット上の膨大な量の呟きから、クリアな一般意志2.0を抽出し可視化する方法を、既に科学は知っている。認知科学と人文工学の境界領域において現在活発に研究が進められている、大量テキスト解釈の研究成果がそれである。

▲読書手帖
『一般意志2.0』東浩紀・著
しかし、私は独創的なアイデアで綴られたこの「エッセイ」をワクワクしながら読みました。これまで「民主主義」や「政治」「国家」について、こんなふうに「夢」をもって考えたことはありませんでした。想像を超える現実に打ちのめされた2011年だったからこそ、想像力豊かに未来を語る1冊に惹かれたのかもしれません。

▲on the ground
哲学的想像力の滞留――東浩紀『一般意志2.0』
本書の立場をより一般的な文脈に接続するなら、情報技術を通じて未組織大衆による利益政治の規律を可能にしようとするものだと言える。したがってそれは、流動性が高まった現代社会における利害伝達経路の再編を図ろうとする「ステークホルダー・デモクラシー」の一部として解釈することもできる。

▲yamachanblog
一般意志2.0と新しい政治メディア(東浩紀と津田大介)
「一般意志」を言語で説明しようとするのが思想であるならば、それを言語ではなく絵や音楽で表現するのが芸術なのかもしれないと思いました。

▲takadat tumblr.
Quote December 08, 2009 88 notes
ニコ動の疑似同期は,みんなが勝手にバラバラに喋っていると,それがなぜか時間を共有しているように感じられる.twitterもみんながひとりごとをバラバラ喋っているのだけれども,なんか議論しているみたいに感じられる.このフィクション感がルソーの一般意志と近い.フィクションとしての議論空間,フィクションとしての集合知.

▲FERMAT
一般意志2.0はなぜ「夢想」から始まるのか。
だから、アメリカでは、このまま、マスメディア2.0の到来を言祝ぐところまで行ってしまうのではないかと思うし、その時、東が夢想する「一般意志2.0」は、アメリカ(あるいはカリフォルニア)でこそ、あっさり実現してしまうのかもしれない(その時は、「トクヴィル2.0」とでも言っていいと思うけど)。
ちょうど、ジュネーブ出身のルソーの記した一般意志(1.0)が、フランス革命という場で現実化したように。

▲憧憬と原景
東浩紀氏の「一般意思2.0」(第7回) 無意識を可視化する装置
ネットという無名性の中で展開される赤裸々な人間の欲望を「生のかたち」で引き出すことが、果たして本当に「一般意思」といえるのだろうか。

▲NEOACA BLOG
東浩紀『一般意志2.0(5月号)』(『本』連載)を読む
危ういと感じる根源は、おそらく、東浩紀の人間観にあるのだと思う。極論すれば、「オタクがオタクのままでいられる社会システムを作る」というのが「人間が未成熟なままでいい」と受け取られるからだと思う。そして、「そういった未成熟な人間=動物を管理・支配する」というのが環境管理に思える。

▲独解、吉本さん
『一般意志2.0』…市場の要素としての<一般意志>?!
アルチュセールならば重層的決定の成果だ。現代思想が流行した頃の言葉でならば<構造>であり、それに対して<一般意志>は<ノイズ>といえる。重層的決定を全体意志とするならば、<一般意志>は吉本隆明のいう重層的非決定とオーバーラップするものだ。

▲ねぼけログ
対話の限界と、その先にある新しい民主主義@『一般意志2.0』
実践的・具体的なイメージを刺激する内容で、非常に面白く読了しました。『動物化するポストモダン』から10年が経ち、東の社会に対するスタンスもまたアップデートされている。本書を通してそれを読み取ることができるように思います。そこも読み所のひとつではないでしょうか。

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