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2009年3月30日 (月)

<不況>と<不安>が生むもの

『ハイエク 知識社会の自由主義 』のP29・30で「意図せざる結果」というカール・メンガーの重要な認識を池田氏が紹介しています。

…「有機的」な起源をもつ社会現象は国民の個人的努力、すなわち個人的利益を追求する努力の意図されないで合成された結果として現れるという特徴をもっている。

 資本主義が発達し、市場経済下で大量生産・大量消費が日常となる時、さまざまな社会の動向や政治や経済の諸々の決定はどこでどのように生成するのか?…。
 たとえばアルチュセールは「資本論」を数学的な認識から再読し、さまざまな階層や立場からの「決定」が膨大に交錯し積分する結果として社会はあるのだという認識にたどり着き、<重層的決定>と表現しました。ある意味で金融工学がさまざまな変数(ある経済官庁の経済指数算定プログラムは変数が2000以上ある)から解を得ようとするように、現在のこの一瞬である特異点を形成しているのはさまざまな「意図」の錯合だということでしょう。

 しかし、これはメンガー的にいえば、現実はむしろこの「意図」の背理?で「意図せざる結果」ではないかと思われます。また超高度資本主義あるいは消費資本主義ではGDPの半分以上が選択消費ですが、消費者=大衆のひとりひとりが明確な意思をもって生活を営んでいるワケでもないので、その大衆の<決定>ではなく<非決定>という態度の重層こそが社会を形成しているといえます。ここではマルクス主義的な構造による決定論も主体は合理的だと根拠なく設定している一般的な経済学的な決定論も無効です。その情況を吉本隆明は<重層的非決定>と表現しました。そこから導かれるものは「意図せざる結果」でしょう。

 現在の世界の情勢をこの「意図せざる結果」から見れば、その<重層的非決定>からして、世界不況・経済危機のトリガーはともかく〝犯人〟は特定できないということが考えられます。この特定できないところに<不安>の根源もあり、またそれゆえに<不安>は増幅もされます。
 この<不安>を解消するために〝自動的〟に<何か>が代入されます。これは人間の心理的な防衛機制であり、意識せずに常時機能している心的な現象です。<非決定>領域に<何か>が代入され、とりあえず<決定>として仮構されます。
 たとえば吉本隆明がヘーゲルからマルクスへと引き継がれてきたと考えた観念の運動としても、これは一つの作用であり結果です。ヘーゲルは<王>は<ひとり>だったが、やがて<全員>が<王>になるというような歴史の進歩を考えましたが、<王>の定義が単一なところにその限界があり、マルクスはおそらくこの<王>をもっと自由にひとりひとりの<市民>が自己定義できると考えたと思われます。<市民>の<自由>というのはこの<何か>を選択する自由を根拠にしていると考えられます。その物質的な基盤としての経済構造をモデリングし解析したのが「資本論」でしょう。

 近隣に〝市〟が立ち、経済的な状況に変動が及び始める時に、その〝市〟の影響領域との境界付近に〝物の怪や鬼〟の伝説が生じます。この民俗学や文化人類学的な出来事こそ、経済変動による不安を<何か>で埋めようとする観念の行為にほかなりません。吉本隆明はその心理的な根拠をフロイトなどを援用しながら解き明かしました。その成果が柳田国夫や古事記をサンプルにした共同幻想論です。またその心理的な根拠を探究したものが心的現象論ですが、フロイトをベースにハイデガー、ベルグソン、フッサール、ポンティ、サルトルなどを参照しながら展開され、言語化以前と非言語認識(感覚による)の発生や統御をベースに解析され考察される世界はマルクスの基本認識と照応しながら現代の資本主義(の階程)における人間の考察へと進展していきます…。

 

池田blog「ポラニー的不安」で、こういう状況で必ず登場する「市場」批判や「資本主義」批判に関して「安定と成長のトレードオフを無視し、対案を示さない」批判者の自己矛盾を鋭く突いてます。一般的に自己保身意識が強い分だけ他者批判をし国家や宗教(あるいは〝常識〟〝みんながいっている〟)といった<他者が関与しない(できない)>ものを錦の旗にした主張が出てきます。ヒキョーな遠吠えともいうべきものでしょう。

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