« 経済は変化率を観る | トップページ | 世界デフレ都市TOKYO! »

2009年1月 8日 (木)

欲望の分子革命とか

 NHKでやってたのが1929年のウオール街の株価暴落の物語。
 ニューヨーク証券取引所でバブルが崩壊するアレですね。
 もちろんコレは第2次世界大戦や太平洋戦争のキッカケの表象。

 実際、経済問題以外に戦争のキッカケなんてないワケです。
 いろいろ例外があるように見えますが、すべて“利益”に還元できるコトばかり。もちろん“利益”というのはその時代ごとに形態が全然違うこともあります。
 それが世界空間共通の価値を持つようになっていくのが資本主義で、価値の均質空間化です。これが地域的な価値と衝突する時にいろんな物語が生まれたりします。

 村に市場が立って、定期的に市場が開催されるようになると、その市場に資源や客や名誉や人気をとられちゃうことにビビった他の共同体からヘンな物語が登場します。市場への道筋にある峠や山や谷でお化けや怪物や幽霊がでる話しですね。

 コレは市場へ行かせないための妨害工作だったりします。
 つまり市場と共同体だったり共同体と共同体との“闘争”なワケで、都市内部だとお店とお店の“闘争”だったり、ブランドとブランドの“闘争”だったりします。どこかのバーガーがミミズの肉だとか。(^^;)
 コレらは都市伝説の源でもあるでしょう。
 いずれにせよ空間性の対立や闘争なんで、戦国時代の楽市楽座だろうが、吉祥寺のバーガー店だろうが、ケミカル会社のフェイクファーと人工飼育のミンクだろうが、本質は同じです。

 歴史学も社会学も文化人類学も、同じような方法をベースにしています。
 ある空間世界での微分と分類。それはコマゴマ&ゴチャゴチャで整理整頓が必須の家政学的なワールドであるかもしれません。

 マルクスになるとちょっと違ってきます。
 時間的な分類をメジャーにして価値の空間性を連立方程式にかけちゃいます。
しかも時間性と空間性の相互変換を前提にしてるから変幻自在であり、どこまでも認識分類するとともにそれに応じた積分=現状認識とその現状を構成する力の場を自在に設定していきます。非感性的認識の自由度を実態に応じて遊べる?ワケともいえるかもしれません。
 昔からインテリ?がマルクスで遊ぶのはこのヘンに理由があるようです。

            -             -

 ところで“価値”は“欲望”するから生じるんで、それを捨象してはどんなに価値分析やってもダメじゃん、というのが流行?しました。そうです、ポストモダンをパースペクティブに据えたポスト構造主義的な認識、ですね。

 スクエアなデリダは論理的に差延という発想に行きつきましたが…即金では買えない10万円のPCが10回払いだったら買えるよ、というようなコトで、今ココでの10万円持ってないというマイナス10万円という負債のザマも、10回払いという負債の差延でもってクリア。めでたくPCはオレのもの的な世界…です。

 しかもPCというマテリアルはゲットできるんだが、負債というマイナスの権利は10回払いという差延テクノロジーによってそういったシステムを構築している社会のなかへ解消していきます。社会システムは負債の差延を冗長性として内包してます。
 共同体の抽象化された概念である社会ですが、それが負債の差延の蔓延したシステムであるというコトは重要。この一点だけが、個別的現存としての人間、現存在としての人間、○○人間でもなんでも、社会と結節を作るトコです。ただし、今的には、という限定つきかもしれません。

 個別的現存が背負った負債は社会が預かってくれるんで、個別的現存クンは社会にアタマが上がりません。
 ところが、自分が負債をかかえてるコトなんか誰も認めたくないんで、認めない…と。
楽しいコトは好きなんで、楽しいコトの結節点として社会を認めるよ、と。資本主義は楽しいコトをバンバン生産してくれますから。
 これがオタキングの主張ですね。
 楽しいとゆープラスの価値観の共有。
 しかし楽しいコトはみんなそれぞれ違うワケです、現実には。
好きな対象はバラバラなワケです。そんなワケでオタキングはある種象徴的でしたが、ほぼ同時に無効でもありました。

 このバラバラになっていく状況に一瞬の賭けをするのがスキゾキッズでした。
 状況や環境世界としてはそれでいいでしょう。
 マテリアルにバラバラの末端で生起するのが分子革命。
 だから立派な分子革命になるFMラジオの運動なんかを否定した浅田さんは山谷でガタリに叱られたりしたんですね。

 マテリアルな状況や欲望の対象をめぐる力の生成はそれでいいですが、そもそも欲望の契機や生成の理由は問われていません。

 マテリアルに世界は革命できますが、人間そのもの、欲望そのものへの革命はおろか考察さえちゃんとされてないワケです。個別科学である心理学などのように人間や欲望を考察している立場はありますが、そこでは逆にマテリアルな世界が捨象されてます。たとえば最初から理念内構築しか意図してないラカンなんかズルイかもしれません。

 そんなワケで欲望がダイレクトに、しかも主体の自己言及性だけを係数に社会に関与していくフィールドが、サブプライムローン破綻だなんだで最安値更新とかいわれてる東京証券取引市場だったりニューヨーク証券取引市場だったりします。
 全体を示す数値が最低値を更新しつつ、個別具体的な数値には高値更新があるワケで、サブカルやオタク論議がどうだろうと個別的現存を把握なんかできてないことと同じですね。論議って論者の自己満足が原則だからかもしれません。

 個人には「関係ねーよ」てなことが多すぎるかもしれませんが。

....てなこのテキストもあんまりボクには関係ない気もしないでもないですけど。

 

(2000/10/26~)
--------------------------------------------------------------------------------

|

« 経済は変化率を観る | トップページ | 世界デフレ都市TOKYO! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 欲望の分子革命とか:

« 経済は変化率を観る | トップページ | 世界デフレ都市TOKYO! »