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2016年9月12日 (月)

心的現象としての言語 理解と文法

…発語体系が、
時間性の変化と順序としてではなく
空間性の変化と順序として<わたし>に統覚されうるのは、
それぞれの発語が、
<わたしがここに存在する>という自己の場所的な存在に対する自己関係にたいして、
それぞれ異なった空間性の度合いとして存在することが
<わたし>に認知されるためである。

(『心的現象論序説』【Ⅴ心的現象としての発語および失語】P177)


☆「これ.は.パン.だ.よ.ね.?」という言葉(発語体系)が理解できるのは、<これ><は><パン><だ><よ><ね><?>というそれぞれの語=概念と自己との関係が「空間性の度合い」として認知できているため。この<「空間性の度合い>相互の関係性が反復され抽象化をへて形成されたのが文法であり、それ自体に普遍性や先験性はなく、認識する側の受容の問題などの全般から生成するもの。ピダハン(「鳥のように鳴いてコミュニケーションする少数民族ピダハン」)のような文法が無い言葉や、従来の言語学でまったく説明できない民族の言葉も、「それぞれの語=概念と自己との関係」を探ることで解き明かしていくことが可能です。

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