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2016年8月

2016年8月20日 (土)

心的現象としての言語 理解の基礎

人間が自己意識にたいするじぶん自身の関係を意識しうるのは…
<わたしがここに存在する>という意識を<場所>的にとらえられることに根源をおいている。
…最初の自己関係の意識の空間化度は<わたしの身体がここに在る>ということを、
わたしの意識が<場所>として識知するところに発している。

(『心的現象論序説』【Ⅴ心的現象としての発語および失語】P176)


☆たとえば「これ.は.パン.だ.よ.ね.?」という言葉への理解というものは…<これ>の次に<は>がきて、<は>の次には<パン>がくる…という順番=不可換あるいは不可逆な空間性への認識が基礎になっています。この認識を可能にしているのは自分と他者との関係性=空間性(位置関係)に基づく認識。その基本でありスタートにあるのは<場所>への認識です。個別的現存のTPO、あるいは固有時の空間性場所的限定を捨象し言語を抽象化しようとしてデッドッロックにはまってみせたデリダと真反対の志向(による探究)がここにあります。(たとえば文法であり規則性であり科学性というものはこれらの空間性の反復を抽象したものであるにすぎません。)

2016年8月 1日 (月)

心的現象としての言語 理解の前提

ひとつの発語体系(脈)が成立することを意識が識知するためには、
意識は<規範>として、いいかえれば自己意識にたいする<関係>の意識として存在しなければならない。
いままでつかってきた言葉でいえば自己関係の空間化度のちがいが識知されなければならない。
(『心的現象論序説』【Ⅴ心的現象としての発語および失語】P176)


☆人が他人の発話を理解する…という場面の構造に表現と受容と存在の、基本であり重要なことがフォーカスされています。ここで説明としては、欧米的な思索のゴールでもあった現象学も超えられています。ここに示されているのは人間と認識のはじまりであり、その固有時として特異点の姿です。

「ひとつの発語体系(脈)」とは文あるいは文脈のことであり、その理解(受容)の前提には「<規範>」があります。それは「自己意識にたいする<関係>の意識」であり、「自己関係の空間化度」として心的現象論の基礎となる概念。<自己抽象の時間化度>とともに現存在を構成する基本となり、認識を形成し、すべてがスタートするところ。「在る」から「居る」へのベクトルを可能にするものです。これが<原生的疎外>から<純粋疎外>へのベクトルです。

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