« <意味>のはじまるところ | トップページ | 「像としての文学」から7 »

2014年12月 3日 (水)

「像としての文学」から6

言葉の「概念」と、それによって喚起されるイメージ(像)との関係は、
ほんとうはグラフィカルな映画や画像にはまったく存在しないもので、
言語の表現に特有な「概念」とその喚起するイメージ(像)との関係といえる。

『ハイ・イメージ論Ⅰ』「像としての文学」P70ちくま学芸文庫)

■言語の「概念」と、何らかに喚起されるあるいは想像される「イメージ」の関係に、まったく視覚像が介在しない…または視覚像には「概念」と「イメージ」の関係が存在しない…。言葉の「概念」をイメージ=像(心像)の生成の構成素との関係(無関係性)として把握した、ある位相での説明になります。ここでは知覚が予め捨象されていることが指摘されています。

« <意味>のはじまるところ | トップページ | 「像としての文学」から7 »

世界視線」カテゴリの記事

ハイイメージ論」カテゴリの記事

文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「像としての文学」から6:

« <意味>のはじまるところ | トップページ | 「像としての文学」から7 »

ポチッ!としてくださ~い!

  • ポチッと! お願いしま~す!

クリックお願いしまーす

1クリックどーぞ!

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のコメント

無料ブログはココログ