« 人間のはじまるところ=現存性のTPO | トップページ | <意味>のはじまるところ »

2014年9月23日 (火)

「像としての文学」から5

触覚的なもの、視覚的なもの、聴覚的なものは、
現実には「概念」にかかわることができない。
だがそれらの知覚的なものすべては、
折り畳まれた生命反映を無意識として積みかさねた形で
「概念」のなかに含んでいる。

『ハイ・イメージ論Ⅰ』「像としての文学」P66ちくま学芸文庫)

■概念にかかわらないが、そこに含まれている(ハズの)知覚的なもの…という矛盾。マルクスが「五感の形成は、いままでの全世界史の一つの労作である」と評した知覚形成と、言語概念の生成を架橋するものとして、イメージを手がかりにアプローチするハイイメージ論のコアが、ここにあります。

« 人間のはじまるところ=現存性のTPO | トップページ | <意味>のはじまるところ »

世界視線」カテゴリの記事

ハイイメージ論」カテゴリの記事

文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「像としての文学」から5:

« 人間のはじまるところ=現存性のTPO | トップページ | <意味>のはじまるところ »

ポチッ!としてくださ~い!

  • ポチッと! お願いしま~す!

クリックお願いしまーす

1クリックどーぞ!

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のコメント

無料ブログはココログ