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2012年10月16日 (火)

「像としての音階」から3

公響してくる音階が快であればあるほど、
分裂病者は身ぶるいがするようなある寂しい感じに襲われた。
そしていつかどこか遠い過去(または場所)で、
これとおなじ感じを体験したことがあるように思ったのである。
胎内か乳児のときかはっきりしなかった。

『ハイ・イメージ論Ⅰ』「像としての音階」P245ちくま学芸文庫)

■一般的には「公響」は「交響」かと思われますが、共同幻想という公的関係から(or公的関係に)やってくる音階…と考えると「公響」という表記がふさわしいかもしれません。画像は吉本隆明さんによるクラフトワークの採譜です。

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