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2015年12月26日 (土)

対幻想論との緊張が読める―『家族の痕跡 いちばん最後に残るもの』

斎藤環氏はジジェクを通してマルクスにもある程度の理解があり、ラカンの異端派を自称する臨床医であるとともにサブカル論をはじめ各種評論に活躍している。特にひきこもりの問題を提起し公的に認識させた功績は大きい。村上春樹のファンとしても、多くを専門書よりそこから学んだとするほど。デヴィッド・リンチフリークでもあり文芸からサブカル、映画を問わずノンジャンルの批評が人気。『家族の痕跡 いちばん最後に残るもの』は対幻想を意識しつつ書かれたもので、吉本隆明の『家族のゆくえ』と比較すると面白い。第三世代システム論(オートポイエーシス)の影響を受け理論的に詰めた『文脈病』では「可能性の中心」を示しつつポスモダを超える自負をかいま見せてもいる。

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<家族>をめぐる対幻想論との緊張が読める、かも

 06年に刊行された著者の本の中でいちばんいいかもしれない。まず読みやすい。そしてラカン派の臨床医である著者の基本的なスタンスがわかりやすく示されている。クールな著者が自らについて語っているのも見逃せないだろう。
 ところで、本書は、明らかにその基本的な部分で吉本理論が意識されているようだ。
 「家族制度を支えている幻想とは、「対幻想」ではなく、「エディプス三角」なのではないか」(P105)。酒井順子の『負け犬の遠吠え』を援用しつつ唐突に主張されるこの一言は、それだけに印象に残る。
 実をいうと「対幻想」を否定するために「エディプス三角」が主張されたこの構図は『構造と力』の再現でもあり(浅田らは団塊や全共闘世代と決別するために彼らの教科書であった吉本・対幻想を否定する必要があった。よくある世代間闘争だ)、大澤眞幸の〝吉本隆明は踏絵だった〟という指摘を待つまでもないかもしれない。
 社会の構成要素を、それは<対>(2名の関係)なのか<三角>(3名の関係)なのか....というのはフロイト以来の論議なのだろうが、この論議を現代の日本に当てはめると、それが世代間の論争になってしまう。フロイト=対=対幻想論(吉本)という団塊や全共闘世代がフォローする認識があり、ラカン=エディプス△=『構造と力』など(浅田、斎藤、etc)ニューアカ以降に支持されるドゥルーズ・ガタリ的な潮流がある(あった?)ということだ。その他に〝2名以上いれば権力が生じる〟とした宮台真司の権力論(『権力の予期理論』ほか)があり、社会システムの生成と稼働の根源に対の関係を見いだし、2名の関係で一方の人間の他方の人間への認識が一方の人間を自縛するように作用する過程を説明している。相手に対してどう対応するかを選択する時、その選択の自由によってその選択肢の構造に自縛されていく訳だ。

 P173には本書の理論的な成果が要約されている....
 「二者関係の空間こそがプレ・エディパル(前エディプス期)の空間なのである」
 「さまざまな自明性」は「プレ・エディパルな二者関係において形成される」
 「二者関係は幼児期だけのものではない」「成人して以降も、常に個人の自明性を支える空間として機能し続ける」「しばしば反復する」
 「「家族」こそは、この種の反復における、もっともありふれた器のひとつなので
ある」

 ....プレ・エディパル(前エディプス期)な二者関係による自明性は生涯反復され、家族はその器なのだ....という説明だ。ある種の読者はここでデジャブを感じぜざるを得ないだろう。なぜならこれこそが28年前に吉本隆明がフロイトを徹底的に読解しつつ独創した<対幻想>概念そのものだからだ。
 人間は「エディプス三角」を通過することで「社会化」されるが、「自明性」はそれ以前に二者関係において形成される、という説明は、そのまま対幻想論であるし、そして自明性の揺らぎこそが典型的な精神の病ではなかったか?
 ことさら吉本隆明を贔屓するつもりはないが、本書の結論は対幻想論と同じであり、それはフロイトを丹念に読んできたものなら当然にたどりつくものだ、ということにつきるのだろうか。
 著者のオリジナルな見解を読む機会は多々あり、精神分析とシステム論の融合を略るなど期待したくなる試みは少なくなく、今後も注目していきたいが、個人的には吉本理論との関係が気になった。

2006/12/26 18:47

           
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