スタートでありゴールでもある…2つの心的現象論
『心的現象論序説』は知の巨人が書いた最も難解な本…本書の宣伝コピーを書くなら、こんな風になるかもしれません。共同幻想などの言葉で有名な詩人吉本隆明氏の、原理論三部作のうちの一冊。個人の認識=心的現象からすべてを解き明かしていくもの。『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』とともに原理論を構成しています。
原理論三部作はある意味で同じテーマをそれぞれ3つの位相から探究したもので、メインのテーマは<関係>。あらゆる意味で人間関係というものが究極のターゲットになっているといえます。マルクスでいう上部構造です。下部構造が生産緒関係という事物の関係=経済そのものであり、上部構造はその事物を媒介項とした人間関係(社会関係)であり、そこには文明や文化、そして商品としてのあらゆる生産物(との意味)が入るでしょう。心的現象論序説はそれらを人間の認識=観念の運動から解き明かしていきます。
心的現象論序説の用語には原生的疎外、純粋疎外などの哲学系のもの、ベクトル変容、遠隔対称性などの位相幾何学系のものなど独特の概念が登場します。しかしソーカル事件で問題になったようなアバウトな趣きはなく、東工大出身というバリバリの理系の知見であることがわかります。著者は詩人ですが理論に関しては<水>を<H2O>(エイチツーオー)と表現したいと述べるほど徹底した科学者のスタンスが貫かれています。
そのために数学や論理学といった理系的なクール?な概念の本質と由来が自然の過程として説明されています。たとえば非ユークリッド幾何学とユークリッド幾何学との認識論的切断があるとしても、それより本質的な同一性があることを自然過程として把握する吉本の思想があります。ライプニッツの神も自然が転換する契機となる変数だ…というのが吉本の認識(ハイイメージ論)であり思想なのです…。
<概念>としてもっとも高度な整序された系とみなされる数論的な系でも
<概念>は自然認知の程度にしたがう。
数学や形式論理は指示表出だけの論理ですが、自然史的な過程を超えた認識はあり得ないことを前提に、数理概念も自然の一部でしかないという当たり前のことが当たり前に認識されています。…吉本の思索がある種無色透明に感じられることがあるのは、こんなところに理由があるのかもしれません。
改訂新版 心的現象論序説 (角川ソフィア文庫)
著:吉本 隆明
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吉本隆明の思索は<関係>とういうものをターゲットに、その一点にフォーカスしていきます。初期のマタイ伝をエグザンプルとした探究で<関係の絶対性>という言葉が評判になりましたが、このスタート時点で、ほぼラストまでを見切っていたともいえるのも、吉本隆明の思想家としての大きな特徴なのかもしれません。
共同幻想論 (角川文庫ソフィア)
著:吉本 隆明 , 他
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定本 言語にとって美とはなにか〈1〉 (角川ソフィア文庫)
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原理論である三部作それぞれから<関係>へのアプローチがされています。
<共同幻想>は吉本理論で有名になった言葉ですが、これには3つの呼び方があります。『心的現象論序説』では<幻想的共同性>、『言語にとって美とはなにか』では<社会的幻想>と呼ばれ、<共同幻想>というのは『共同幻想論』での呼称です。それぞれのスタンスで同じ<関係>への呼び名が異なるようになっています。<公的幻想=Public Illusion>(マルクス)から(の)演繹?あるいは意識したものとしての、概念装置としてディテールまで考慮された用語でもあるといえるでしょう。
心的現象論本論
著:吉本 隆明
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『心的現象論本論』は30年以上かかり未完に終わったとされていますが、吉本自身が想定どおりに終わったとも語っています。この本論はエグザンプルが豊富で、領域もノンジャンル。縄文の土偶からLSD投与実験、錯覚心理学やニューエイジの生命論のようなものまで詳細に思索されていて、同じように資本主義の商品すべてを扱ったハイイメージ論を思わせるものがあります。
ハイイメージ論は共同幻想論の現代版として、現在に共同性の倫理が不在であることを結語としています。現在はある意味で共同性としては“終わっている”…という認識。しかし固有時をかかえた人間は過剰ななかを生きている…。そこで心的現象論本論はあらゆる症例を、あるいはすべてを症例と捉え、人間の可能性を探究しつつ展開されていきます。最期には心的現象のもっとも共同性をまとったものとして言葉の可能性が示され、日本語の自由な造語の可能性に期待を寄せているという印象のラストになります。
ハイ・イメージ論3 (ちくま学芸文庫)
著:吉本 隆明
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国家や社会という大きな共同性の倫理の不在を結論として示した『ハイイメージ論Ⅲ』。
そういった情況のなかで、大きな共同性への最期の論考でもある『第二の敗戦期 これからの日本をどうよむか』では、「そういうことでしか可能性はない」という強力なプッシュで「三人ぐらいでつくる集団」に期待すると宣言されています。吉本さんの若い世代へ向けた言葉が印象的です。シェアハウスという言葉は出てきませんが、ネットや小さな共同性への期待は<大衆の原像>とオーバーラップさせることも出来るものではないでしょうか。まったく新しい世代に読まれているのも、吉本隆明の思想らしく、その可能性への探究もまだまだこれからだと思われます。そのスタートにもゴールにもあるのが2つの心的現象論ではないでしょうか。そこには、固有時をめぐる無限の思索がありそうです。
第二の敗戦期: これからの日本をどうよむか
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