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2013年4月 6日 (土)

<写像>ということの意味?ソシュール・吉本隆明

   「犬」を文字に表すのに<犬>と書いても、
   <いぬ>でも<イヌ>と書いても、
   ソシュールのいう意義は変わらない。
   しかし、この表現の変化に応じて、
   微妙な価値の変化がある。

....この『ハイ・イメージ論Ⅱ』の基礎となる論考の「拡張論」における問題提起は例によってラジカルです。

 <犬>、<いぬ>、<イヌ>のどれでも「ソシュールのいう意義は変わらない」というのは「「犬」を文字に表す」ことにおいて変わらないのであって、それは指示表出の位相を指しているものだともいえます。品詞でいえば名詞に代表される指示表出は価値判断を捨象した概念の表象であり、あるいは価値判断を捨象したものが指示表出だといえる…ものです。

 <犬>、<いぬ>、<イヌ>の変化について「この表現の変化に応じて、微妙な価値の変化がある」けれども「ソシュールのいう意義は変わらない」のであれば、ソシュールの意義の範囲内では表現や価値の変化をフォローしていないことになります。微妙な価値の変化というのが芸術の意義ならば、ソシュールではそれをフォローでき(て)ないということに(も)なるでしょう。
 別のいい方をすればソシュールでは芸術的表現の分析は不可能だということでもあり、そうだとすると、ソシュールに大きく影響されているラカンの分析では芸術的表現または個々人でブレのある表現を分析できないということにもなるかもしれません。つまり最も個人的な内面の表出そのものである狂気こそ分析できないのがラカンだ、という逆説?的な結論さえ導く可能性があります…。いずれにせよソシュールで指示表出は対象化できるが自己表出の分析には限界があるということになるのでしょう。

       -       -       -

 ハイイメージ論が共同幻想=公的関係(性)を追究したものであるために、その「拡張論」でもいきなり以下のようなテキストにぶつかります。

   話す甲は<聴く甲>を想像して話すという行為にはいる。
   このときはじめて言語は「美」にはいる。

   話す甲が<聴く甲>を想像して話すという行為にはいることは、
   自己表出の成立にほかならない。

 この<甲>を<自分>だとすれば、自分が話をしようとするときには(既に)自分を想像している…ということになります。同様の似たような説明は『心的現象論序説』にも登場し、心的現象論的には「自己が自己に対置されるという一対一の分化」などフロイトを援用しつつあらゆる認知が対幻想的な認識を前提にしていることが説明されていきます。
 結論からいえば「美」という価値判断も、あらゆる識知も、対幻想的な認識構造を前提にしている…ということになります。

 対幻想は対他関係の起点であり前提であり共同幻想のシーズになるものですが、そもそもの母子一体の<自他不可分>の認識構造から遠隔化(発達、展開)していくその構造や構成そのものでもあり、共同幻想(論)からの演繹的なアプローチとして対幻想と呼称するのも、発達過程の認識の機能的な展開として何らかの名辞を与えるのも、対象的な認識の過程としては同じもの。

 極論すれば、想像すること思念することそのものの前提が対幻想で(も)あり、それは価値判断の前提であると同時に自己表出でもある…という吉本芸術論のリニアな姿を現してもいます。冪上化する認識つまり自己言及しながら増幅する認識という人間固有の認識の構造そのものがそのマテリアルだといえます。

 マテリアルとしての認識構造そのものが自然認知として対幻想的なものであることは『心的現象論序説』の以下のような説明でも明らかです。そこでは抽象的な数理系的な概念でさえ「美」を対象とするような認識の系つまり自然認知(=対幻想)に拠ることが一言で解かれています。

   <概念>としてもっとも高度な整序された系とみなされる数論的な系でも
   <概念>は自然認知の程度にしたがう。

 本質的には2、3行で済むと自称された芸術論が先端科学から宗教まで含むものとして吉本理論の全景である…このことそのものが既に強大な思想の顕在化でもあったものとしての思索がそこにはあります。

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