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2012年11月23日 (金)

ルネ…<他人称化>によっておこなわれるコミュニケーション

     …この極限状態では対象的な精神療法は不可能なはずである

…と吉本隆明が『心的現象論序説』で判断しているのがルネの症状。ここでサンプルされている有名な『分裂病の少女の手記』の少女ルネはひどい統合失調症の状態にあります。なかなか何かができなくなり、非常な努力をして何かを始めると今度はそれを止められなくなってしまう…「破瓜状態の無為にちかい荒廃」と紹介されてしまう状態にルネはいます。(『心的現象論本論』では歩き出したら歩行を止められない症状などもサンプリングされています…。)

 しかし、まったくコミュニケーションがとれないわけではなく、<他人称化>によるコミュニケーションがとられています。一対一のコミュニケーションにおける<対人称>ではなく<他人称化>されたもの。つまり一人称や二人称ではなく三人称によるものです。ルネは、ワタシやアナタではなく「ルネ」や「ママ」という呼び方ではじめてコミュニケーションが成立する心理状態にあります。それは、対幻想ではなく共同幻想、親和的な関係ではなく公的な関係であれば意志が通じるといった状態です。ルネは統合失調症ですが、ここには共同幻想がナゼ生成するのか…という重要なヒントがあると考えられます。

 対人称ではなく他人称による、つまり対幻想ではなく共同幻想によるコミュニケーションならば成立する…のであれば、ルネの心性(観念)が対幻想レベルから共同幻想のレベルにまで遠隔(対称)化しているワケで、その理由を探ればいいと考えられます。遠隔化の動因は必ず<抑圧>であり、一言でいえば生きていくときのあらゆる困難(=ストレス)が原因になりうるもの。環境から親による躾、社会的な困難から友人とのケンカまで理由はさまざまですが、これらの<抑圧>は対象化して把握することによって克服されていきます。逆にいえばそれ以外には克服する方法がありません(ここで物理的な対応をとることを暴力という)。

 その対象化(するという認識行為)には遠隔化(遠隔対称化)という機序が必然的にともないます。あるレベルにおける認識(感性から理性まで)は必ずそのレベルを超えた高次の認識として対象化されるというもの。これは神経生理の閾値を超える時間性として把握することができるものです。ただし認識が確定されない場合は認識し続けるという時間性そのものが空間化して仮構(仮借定)されます。それが<感情>です。それゆえにいつまでもその感情が続くという状態(も)が考えられます。症状であり病であるというのはこのことそのものです。ここにも大きなヒントがあります。いつまでも続く感情をコントロールすることができれば症状や病気は治まるということ…。<感情>を非<感情>化することができればいいワケです。では非<感情>化とは、どのようなコトなのでしょう。

 それは感情の生成する過程を考えればわかります。<感情>が認識という時間性そのものの空間化した(仮構された)状態なのであれば、それを<認識>の時間性そのものに返して(戻して)あげればいいワケです。その誰にでもできる簡単な方法の一つが“認識の基本となる<ワタシはダレ?・ココはドコ?>という原点”に戻ること、遡行すること。つまり概念と規範が形成されるTPO=場所的限定まで遡行することです。
 問題は概念形成や規範形成において、形成された心的空間性をキープできるか、あるいはその時間性を乱さずに経過できるか…ではないかと考えられます。この時空間性を保持する能力の形成が『母型論』などでフォーカスされている母子の関係性に大きく左右されるものであり、それは象徴界の内容を決定していくようなもの。世界そのものである母子関係とそこらの離脱がその後の認識のすべてを決定していくともいえるでしょう。安定した母子関係は安定した認識を育み、それは認識論としては概念と規範の形成およびそれらを行使した認識の安定性として発現していきます。

       -       -       -

 母との分離、母との関係からの分離は世界の対象化であり、その自己分離と確立が成長です。

      最初の環境である母体、
      最初の他者である母、
      最初の社会である母との関係、
      そして最初の物語である母との物語。


 そこには、自己にとって<母=世界>という環界からの規範化と、それへの<自己の対応>が確定していく過程があります。

 <自己の対応>の基本は認識することであり、対象の概念化です。
 対象である<母=世界>との反復される関係から、対象は抽象化されて概念化します。
 並行して対象は命名されていきます。
 規範化の前提には形態認識があります。<いま、ここ>が場所であり、前提となる身体とともにそれらは空間性です。これらの空間性を識知する形態認識がリアルのはじめにあります。

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 ルネが対幻想(母子関係)から遠隔化した他人称でのコミュニケーションが可能なのは、非人称的世界である物質的な世界の安定性を現していると考えられます。関係そのものを現す一人称や二人称ではなく相互に名辞であることがルネのコミュニケーションを安定させてくれているワケです。オタクの、3次元ではなく2次元での萌え心性も同じ。2次元にマークされたもの、言語ではなくとも名辞化されたものへの安定したアプローチの可能性がそこにはあります。

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