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« 吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~ NHK3月25日 | トップページ | 共同幻想の最後の思索、フラット化する社会…『ハイ・イメージ論Ⅲ』 »

2012年4月20日 (金)

「きみならひとりでもやれる」し、「おれが前にいる」よ…

「この人がほんものでないなら、この世界にほんものなんか一つもない」とぼくは思った。その時の気持ちは、いまも鮮明だ。大学を離れ、世間との関係をたって十年後、ぼくは小説を書き始めた。吉本さんをたったひとりの想像上の読者として。

吉本さんの、生涯のメッセージは「きみならひとりでもやれる」であり、「おれが前にいる」だったと思う。吉本さんが亡くなり、ぼくたちは、ほんとうにひとりになったのだ。

高橋源一郎氏による吉本隆明さんへの追悼文「思想の「後ろ姿」」から一部抜粋

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「ポップ文学の最高の作品」は吉本隆明さん宛に書かれた作品だったのか…。

今はもう存在しないある国立のエリート大学。その入学式の日にしか大学へ行ったことがない高橋源一郎さんはひきこもりやニートの原形かもしれない。それから10年間。彼はポップ文学の最高の作品、『さようなら、ギャングたち』でデビューする。

村上春樹、糸井重里村上龍、それ以前の筒井康隆栗本薫…この自然過程のうえに生成された言語オブジェクト…。吉本隆明はそれを「ポップ文学の最高の作品」と絶賛した。

同時にそれはあらゆる批評を超えた作品でもある。
吉本隆明にさまざまな分野のプロが怯えたように、この作品もあらゆる批評家をそっと無力感に叩き込んだようだ。

阿部和重に覚悟させた作品でもある。

だが「ぼくたちは、ほんとうにひとりになったのだ」という認識はひとりではない。みんなが「ひとり」である世界に我々は生きているのではないか。そしてハイデガーとは逆で、死は自分のものでさえない。これらを自明の認識とした吉本隆明は、そうだろ?とぼくたちの前を歩いたり、走ったりしながら、どこかへ行こうとしていた。その後ろ姿は、大きな目印だ。

どこへだろう?

これから、一つでも探すものができたことを楽しみつつ、暮せるかもしれない。

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「殆んど誰とも友だちになんかなれない。」
それが僕の一九七〇年代におけるライフ・スタイルであった。
ドストエフスキーが予言し、僕が固めた。

               (村上春樹『1973年のピンボール』

人々はストリートで出会うのではない、すれ違うのだ…というルフェーブルの言葉は、「殆んど誰とも友だちになんかなれない。」…という村上春樹『1973年のピンボール』の言葉とともに数少ない真理なのかもしれない。友だちとの別れを知っている吉本さんはいう。それは純粋ごっこだと。自らの思想(大衆の原像)と実存にこれほど乖離のない人はいない。宮台真司も早い時期から自分の主張はすべて自分の実存の問題なんだと独白している。ネットの世界は広い…草薙素子にこう言わせる(後に対義語?的に「いつでもそばにいる」ともいわせている)押井守も、メディアの拡張と自我の拡張を峻別できないコッケイ(≒異常の拡散)を激しく批判(『コミュニケーションは、要らない』)する。世代もジャンルも言葉も違っても同じことを同じように感受し思索する人たちはいるようだ。

「ぼくたちは、ほんとうにひとりになったのだ」という思いと、そういう認識はひとりではない、という認識には、論理クラスタの混同以外には問題がない。しかも論理上の問題を解決できる論理はない。真の問題は、この問題が本当は混同ではなく逆立するものだという認識が獲得できるかどうかだけなのだ。

そういうことを、吉本さんからたくさん学んだ気がする。

合掌

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翻訳:今井 成美
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