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2011年12月23日 (金)

『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル 』…微分された共同幻想

『一般意志2.0』…市場の要素としての<一般意志>?!

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●動ポモと同じ文脈の問題提起?

 「思想地図」でリスペクトされた日本の思想家は吉本隆明と小林秀雄くらい。その想像力に対して畏敬の念にも近似する感覚を覚える人間は少なくないかもしれないですが、大多数の人間にとっては関心もないし、ましてや理解など(でき)ないのが現在なのでしょう。吉本に影響は受けてはいないがその仕事の志向にアディクティッドしてしまいそうだ…とどこかで語っていた東浩紀さんは、本書である意味、吉本さんと同じようなスタンスに立ったのではないか? 『動物化するポストモダン』が東さんにとっての共同幻想論(吉本さんの代表的な著作)に見える自分には、本書のスタンスもそう思えたりします。(<共同幻想>というタームはマルクスの<上部構造>のことで、マルクスの著作中では<公的幻影>(公的イメージ?)などの定義もされているみたいです。)

 共同幻想を発現し体現している主体は大衆そのものだというのが吉本さんの観点。これが歴史の最大の動因でもありマルクスはそれを自然史過程として把握できる…と考えていたことを吉本さんも前提にしてます。共同幻想論はその大衆の意志から生じる観念(精神現象)の運動を追究したもので、人間は意識しないでそう思ったりそう考えたりする…その累積的な変遷(吉本タームでは重層的非決定ハイエクが影響を受けたカール・メンガーにも似た?ような認識「意図せざる結果」 がある)を研究したもの。単純にいうと、すべてに意識的で表象的で論理的な(コンスタティブな)(つもりの)欧米の認識(科学?)とはちがって、観念そのものに複雑な運動を内包するアジア的(日本的)な認識の可視化が吉本さんの仕事の志向なのでしょう。

 ヘーゲルの意志論による意志(精神現象)の展開にマテリアルな裏づけをしたのがマルクスの下部構造(経済=モノを媒介にした関係)への鋭い考察。吉本さんの共同幻想論(上部構造論)はこの展開の仕方そのものを考えたもの。柄谷行人さんのスタートも『資本論』における上部構造と下部構造の関係をどう捉えるのか?というところから始まったもののようですね。

 動物化はヘーゲルからマルクスまで継続する意志論の背理的な一面を示す概念ですが、東さんはそれを全面化(前面化)しました。今回の<一般意志>もその文脈?で考えるとわかりやすいのかもしれません。
 マルクスでは上部構造として吉本理論では大衆(の意志)として対象化されてきたものがここでいう一般意志? 吉本さんの共同幻想へのアプローチではルソーも影響していることを橋爪大三郎さんが指摘していました。一般意志は、意外なほど共同幻想論へとストレートな経路になっていて、それはマルクスでも同じかもしれません。

●テクノロジーと論理の向こうにあるもの?

 議論を尽くす民主主義も論理的に詰めていけば(テクノ)ロジカルには<アローの定理>のように不可能性が証明されてしまいます。東さんはそういう限界をブレークスルーしようとしているともいえるかもしれません。

 共同性とか共同体の意志とは…何か?と問うときに、それを規定するものとしてマルクスは経済構造(下部構造)を考え、そこから表象する文化など意志的なものは上部構造として別途に考察した…。
 <世界>や<歴史>とは人間の<人生>を差し引いた後に残るものだ…という基本的な認識の構図はマルクスも吉本さんも同じ。東さんが紹介する一般意志も同じように考察され、シンプルに全体から個を差し引いて残るものを一般意志としていますね。
 マルクスは経済学批判として資本論を書き、政治学批判もバラバラとは手がけていて、そのコアになるのは本書で提起されている問題意識と同じなのでは?と推測できます。
 経済学などでよく指摘される「合成の誤謬」「コーディネーションの失敗」というものは民主主義の矛盾としても、もっとも露わになるものだけど、それは民主主義の限界そのものであるかも…。

 大衆の(意志の)無謬性を否定する宮台真司さんのような観点もありますが、そもそも大衆の意志とは何か?それは可視化できるのか?という問題がクリアされていなければならないはず。あまりにも当たり前だけど、東さんは空気のように意識されないできた一般意志を可視化することを主張してます。この誰もができない(意識しない(できない)ので出来るわけがないが)ことにスポットをあてた東さんの功績は大きいでしょう。

●タイムリーでクール?

 共同幻想や大衆の意志といえるものを「一般意志」としてピックアップした感覚は、それだけでもクールで期待したくなるもの。

 SNSからはじまった北アフリカの革命やウオール街への抗議、シリア問題などはまだ続いているし中国などでもネットは一党独裁政治に揺さぶりをかけている。でも注意したいのはそんなことではなく、ネットもSNSも光ファイバーもWIFIも普及しつつある日本で<何も起こらない>ことでしょう。

 僕なんか逮捕されちゃうよ…と幾度かtwitterや書籍でつぶやいている東さんですが、その思いをこういう形でキチッと本にできるのは、ある意味で恵まれているからかも? 人それぞれに、そういう自分のポジションや環境を活かしていくのが、これからの社会になるはずだし、願望されるもの。個人がそのままで生きていけるための思索としてここまで到達した?のだと思います。きっと本書は『郵便的不安たち』からの延長でもあるはずです。

 アメリカの大学でウイッキーペディアの使用が禁じられたり、全世界でのインターネットの普及に反比例するかのようにPVがマイナスに転じたり、ネットが当然である世界でリバランスなり正常化?の動きは数字に現れているとおり。だからこそ本書はリアルに意味と価値があるしタイムリーな一冊だと思います。

           
一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

著:東 浩紀
参考価格:¥1,890
価格:¥1,890

   

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 一般意志は、全体意志から特殊意志の相殺しあうものを差し引いた和である…という数行だけを立ち読みして、このレビュー?を書いてみました。どこまで当たってるかな…

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