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« 遠野物語に自己実現のヒントを見た三島由紀夫? | トップページ | 『共同幻想論』・対幻想論から考える »

2011年7月12日 (火)

ポリスの美学は文字の登場で弱体化したが…

 

 行為はその行為の発現者(行為者)とその行為の享受者や目撃者(第三者)の存在が前提であり必然。たとえば踊りも唄も見る者や聞く者の存在が前提です。ポリスでは集団密集戦法に象徴されるような勇猛が詠われ、踊られ、人々を熱狂させたのでしょう。身体性に依拠したミメーシスが喚起されるワケです。

 ところが文字は多くの場合は単独(者)であるその書き手を別とすれば、享受者=読者は自分独りだけで完結してしまうもの。読みたいものを読みたいように読む読者のエゴイスティックな世界で完結しうるものです。読者は書き手以外の他者を必要としないし、書き手は一回性の存在でしかない。(マルクスの剰余価値をヒントにしたアウラも、複製芸術以前に既に<他界>化していたという事実は軽くはない)。読者は必ずしも書き手の意向や意思にさえ影響されるわけでもない。書き手が死んでいても文字は残るので、リアルには書き手さえ読者には必要とさせないのが文字の大きな特徴であり、文字によって利己的に完結しうる読者の在り方が可能になったといえます。

 利他的な行為を至高の美学としたポリスの倫理観は文字の普及で崩壊します。隣の戦士を守るという行為とそこから生まれた倫理や美学は失われていきます。これがポリスの頽廃でありフーコーが注視し宮台真司がヒントを得た事態。もちろん文字の影響が大きくなるにつれ、その文字に書かれ、またそれに基づいて語られるものに対して厳しいエティックなり審美(眼)が行使され、その審判はコミュニケーションの形をとりながらダイアローグ=弁証法として発展していったワケです。

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 地球上の人間のうち文字を持つ民族はわずか5%。しかしその5%が世界を支配しているのは確かです。そして、自らの歴史を記述できない民族は滅びるとエンゲルスは述べていますが、記述したところで読まれるかどうかはまた別の問題なのかもしれません。ミクロには、はじめに書いたように読者は必ずしも書き手を必要とするものでもありません。 究極には小飼弾オタキングが指摘するように「コンテンツはタダ!」ともなりつつあり、書き手には相当な覚悟が必要でしょう。つまり“読まれなくても書く”意思がなければならなくなってきているかもしれないからです。そして読み手には読解力がさらに必要とされてきてるのではないでしょうか。

 三島由紀夫にとって「自分の自己実現のために<決起の呼びかけ>を利用したのであって、決起を呼びかけることが自己実現だったのではない」とすれば、それは一回性の表現であり作品だったといえるかもしれません。介錯を前提としない単独者としての独特の割腹も、反復不可能な表現をさらに際立たせる単独者のものとして、すべてをかけたものだったということでしょう。

 一般に自己表現のために書かれたものならば読まれなければ意義はありませんが、遠野物語・幽霊譚の炭入れの竹かごのように“彼岸を今ここに接続してしまう”ような仕掛けとしてなら、読まれなくても意義があるのかもしれません。それは文字に表現された何かではなく、書くことそのものに表出された何か、なのでしょう。三島の文学に意味があるとすれば、この延長でだと考えるのは無理なことではないはずです。本質に先立つ形態の…といった古典哲学的な意味そのもののように三島の作品は文体そのものの表出として意味があるのかもしれません。

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 スタイルとかファッションというもの、美学への考察は他に比べれば圧倒的な少数であり、なにより難解です。しかし、一本の直線からはじまった人類の表現行為は、そこに表出するものをはじめとして今現在でこそ探究すべきものが豊穣です。ハイイメージ論の射程に届く言説が皆無ななか、ニコファーレのオープンを当然だ!といえる東浩紀のようなスタンスは貴重なものでしょう。

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