ベーシックな『序説』 その3
吉本理論の基礎概念である<原生的疎外>や<純粋疎外>と同じように『心的現象論序説』のⅤ章「心的現象としての発語および失語」でもベースとなるオリジナルな概念が設定されています。それは<自己表出>と<指示表出>のもととなる<自己抽象><自己関係>などです。原理的であるとともに原生的疎外や対幻想といったものよりわかりやすいかもしれません。その点でもこの『心的現象論序説』を読んでから他の理論へ向かった方が吉本理論全般が理解しやすいと考えられます。
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『心的現象論序説』(改訂新版・1982年・角川文庫版)
Ⅰ 心的世界の叙述
Ⅱ 心的世界をどうとらえるか
Ⅲ 心的世界の動態化
Ⅳ 心的現象としての感情
Ⅴ 心的現象としての発語および失語
Ⅵ 心的現象としての夢
Ⅶ 心像論
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【Ⅴ心的現象としての発語および失語】
P151
言語はふたつの構成的な因子をもっていると
かんがえることができる。
ひとつは表現としての言語、
もうひとつは規範としての言語である。
表現として言語をみれば、
話され書かれないかぎり言語は存在しない。
規範として言語をみることはまったくべつのことを意味する。
…民族語に固有の音韻、韻律、文法などが抽出できる
ような共通性のうえにのみ存在し、…人間の発語自体に
たいして規範としての作用を発揮するようになる。
P152
…表現としての言語と規範としての言語は
<逆立>しようとする志向性をもっている。
「規範としての言語」というのは<指示表出>のこと。この『心的現象論序説』で言語についての基本的な考察を知っておくと『言語にとって美とはなにか』がとても理解しやすくなります。<指示表出>は外部からやってきて、<自己表出>は自身の内部の言語。
〝はじめて言葉をしゃべれるようになった幼児〟は〝<父>や<母>〟から〝教育によって、あるいは自然な模倣によって規範をうけとっている〟ということで「規範としての言語」は〝幼児にとって、すでに予め存在する〟ワケです。このことから「規範としての言語」=<指示表出>はいちばん心的な<環界>だと考えられます。この環界である<指示表出>を超高度資本主義の全生産(物品・サービス)=文化全般にまで拡張して考察していく『ハイ・イメージ論』の原点がここにあるともいえます。イメージ論においてこの序説の<純粋概念>が最重要ポイントになってくることからも吉本理論にはまったくブレがなく、また起点がこの序説であることがわかります。
「表現としての言語」は〝ただ対自性そのものを空間化度に転化〟したものでありこの〝<概念>の空間化度はまったく恣意的でありうる〟と説明されます。現象学、実存主義、言語論、心理学、資本主義にいたるまでの原理がシンプルに示されてしまう吉本理論の原点とその表出論(言語論)がここにあります。
<規範>としての言語の形成は〝<関係>意識にかかわってくる〟もので、〝<関係>(作用)そのものが心的な<規範>の対象〟であることが説明されます。これが<指示表出>であり、<指示表出>と<自己表出>または<規範>と<概念>は<自己関係>と<自己抽象>を初源として生成し構造化することが把握されます。
この<関係>意識は<共同幻想>の起点(≧自己関係の背理として)で(も)あり、<規範>としての<指示表出>が大量に生産される超高度資本主義の分析に吉本理論が向かったのは必然であることがわかります。また自己言及の不可能性として表出する場合の<規範>はラカンの象徴界とオーバーラップするものと考えられます。
これらは精神病における失語をはじめとする現象を解析する形で説明されています。言語が心的現象から解剖されていくスリリングでラジカルなⅤ章です。
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