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« ベーシックな『序説』 その4 | トップページ | 『カール・マルクス』市民社会を解き明かす方法 »

2009年2月24日 (火)

ベーシックな『序説』 その5

 『心的現象論序説』の最後の章であるⅦ章「心像論」です。〝心像〟には最後のパラグラフで一度だけ「イメージ」とルビがふられています。これまでの他の章と同じように精神病の具体的な症例などから緻密な解析による説明がなされています。
 共同幻想という言葉は有名かもしれませんが、その由来については誰も触れていません。吉本理論でも由来についてはこのⅦ章の数行以外には説明がありません。『共同幻想論』にはさまざまな階程(TPO)の<共同幻想>について緻密な分析が書かれています。しかし<共同幻想>が、ナゼ・ドコに生成するのか?というその由来については説明されていません。共同幻想の生成はこの序説にしか書かれていないのです。たとえばそれが最後の章の最後のパラグラフです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『心的現象論序説』(改訂新版・1982年・角川文庫版)

 Ⅰ 心的世界の叙述
 Ⅱ 心的世界をどうとらえるか
 Ⅲ 心的世界の動態化
 Ⅳ 心的現象としての感情
 Ⅴ 心的現象としての発語および失語
 Ⅵ 心的現象としての夢
 Ⅶ 心像論

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【Ⅶ心像論】

P281
…自己妄想は、対象に<投射>されたうえで
自己妄想の世界として引き寄せられるため、
自己妄想が対象と自己とのあいだをボール投げの
繰返しのように往き来することによって、
共同観念の世界の代同物の性格をもつようになる。
そしてこの共同観念に擬せられる性格をもった
自己妄想の世界が、心的な世界と現実的な世界とを
接続する媒介の世界となるとみなすことができる。

 

 Ⅶ章の最後の項目「8引き寄せの世界」の計4頁に満たないうちの2頁目に上記の文があります。これが共同幻想(の代同物)がナゼ・ドコに生成するかをダイレクトに記述した唯一の文かもしれません。
 <心的な世界>と<現実的な世界>を<接続する><媒介の世界>として<自己妄想>が説明され、それは<共同観念の世界の代同物>でもあるとされています。
 <心像>は対象を思念することで現れるが〝病者あるいは病的状態であらわれる<幻覚>〟は〝当人の意志によって左右されることはない〟と<幻覚>と<心像>の違いが説明されます。

 

 認識の位相が<心像><形像><概念>の3つに分けられ、それぞれの生成の過程と<形像><概念>にまたがって<心像>が構成されることが説明されます。あらゆる対象がこの3つの認識の位相の統御された構造として把握されて、この把握の仕方、3つの位相の統御のされ方の違いが一般的な認識であったり異常あるいは病的な認識であったりする…ことが解説されています。さらにそこに歴史的な解釈が導入されます。この認識の統御の仕方が未開人と現代人では違うこと指摘されるのです。

 序説発刊の当時、この指摘は特に理解されなかったのではないでしょうか。しかし、この未開人と現代人の認識の相異に関する指摘こそ後の『アフリカ的段階について』のベースであり、この認識の方法、つまり個体発生とその成長に応じた認識統御の変化を未開人と現代人で比較するそれは、個体発生は系統発生を繰り返すとした三木解剖学に先駆けたものであることがわかります。『心的現象論序説』の最後の章に、その後のすべてがあらかじめ結実していた事実が驚異的な吉本理論の射程と一貫性を示しています。

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