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2009年1月 8日 (木)

「私が」「私は」でわかること

「私が」の「が」は主格の助詞です。
 この場合「私」がどんな自意識を持っているかはわかりません。
 母親との心理的な分離ができていない場合、自意識は全能観(感)のままで、即自的な認識のままです。たとえば母子分離していない赤ちゃんにとって自分の心身は母親の存在も含めて全宇宙そのものです。「自分が」という意識は「宇宙が」にもなり、「母が」ともなります。主語を任意に置き換えられるので「天皇」や「ライオン」にもなります。全能感のなかでは認識の分離・差異化ができていないのでの指示表出と自己表出の区別がつきません。これがその共同体の共通コードを逸脱した場合が分裂症ですね。指示表出と自己表出の区別ができていないので自分の思念が他人の声のように聞こえてしまう場合もあります。これが幻聴です。

「私は」の「は」は限定の助詞です。
 つまり「私」を限定し特定する認識があるわけです。
 「私」を分離・差異化している認識が別に存在してます。対自的認識ですここでは指示決定(表出)と自己確定(表出)の区別・峻別がちゃんとできています。この認識の差異化が進むことが複雑な思考を可能にすることです。もちろん認識上の再統合よりも差異化そのものに固執するのが神経症です。差異化した認識を再統合するのは構成同一性です。


 香山リカさんが“ゲームの中では精神異常が発現しないのはナゼか?”という問題?を提起してましたが、これはプレーヤー独りの世界だからです。ゲーム内に対戦相手がいてもそれはマテリアルな論理としてしか振る舞いをしません。プレーヤーにとってゲーム内で指示表出と自己表出(の関係)がゆらぐことがありません。東浩紀さんが指摘しているような「入れ子」構造がないからです。もしプログラム上設定されても形式論理の範疇でしかなく、ゲームは即自的な認識と全能感だけでクリアできる世界に過ぎないからです。

 以前TVで「多重人格の少女「ヒロ」」というドキュメントを見たんだけど、ある人格になると鏡を理解できなくて、鏡に映ってる自分の姿を見て「だ~れえ」とか言っていました。ラカンのいう鏡像界とは何を示しているのでしょうか?

(2001/3/8)
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●世界との関係  <世界>と自己は不可分ですが、部分的に可分となり対象化することが可能になります。   赤ちゃんは空腹になるとオッパイが欲しくて泣きます。   泣くとオッパイがもらえて空腹が満たされます。   これらが反復されてある認識が成立します....... [続きを読む]

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