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2007年2月 1日 (木)

一人称の不在

 分裂病の基本的な特徴としての「三人称」「他人称」によるコミュニケーション

 自閉症の多くに見られる「二人称」による自己表出やコミニュケーション

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 以上は前者が吉本隆明さんが少女ルネの発病から治療までの記録『分裂病の少女の手記』から、後者は斎藤環さんが自閉症だったドナの『自閉症だったわたしへ』から、それぞれ読み取った基本的なものです。

 ここで分裂病と自閉症の共通点を抽出すると<一人称の不在>ということになります。主体性の不在ですね。より正確には主体性が不在であるかのような表出ということです。

 斎藤さんによれば自閉症の場合の「一人称の不在」の理由は「主体化への恐れ」だということですが、これは、むしろ逆に考えるとトーナリティのある解釈が可能です。自閉症児にあるのは主体を確立しようとする志向性の強度だと考えられるのです。

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 「主体化への恐れ」のニュアンスはむしろ分裂病を説明するのに合理的。
 なぜなら分裂病指示決定(表出)を主体的に自己確定できない病であり、むしろ逆に指示決定でしかないものから自己(決定)が影響されてしまう病だからです。

 通常の認識では認識の過程や自己決定していく経緯を自己言及的に自己が確認しています。対自的認識が常時自己決定の経過を認知しているワケです。
 ところが自己決定の過程の自覚が無く、認識が<常に-既に>されているような認識があります。分裂病的な認識です。
 それは自己決定の介在の余地がないような認識つまり指示決定的な認識です。
 指示決定の代表的なものは名詞ですが、これは主体の認識の意識的な介在なしで<常に-既に>決定されている認識です。コンスタティヴな認識の典型でもあるでしょう。ア・プリオリな認識ともいえるかもしれません。象徴界的認識であり、非想像界的認識です。

 そしてそれは共同幻想を成立せしめる最大のファクターでもあるかもしれません。

(2001/3/3)

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