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2007年2月17日 (土)

独解、吉本さん

▲独解です....
 考えることが大好きな吉本さんの考えを好き勝手に「独解」してみました。独解を超えて曲解もGO。そこで気がついたこと、思いついたこと、考えてみたことなどがいくつかあり、なかにはこれはイケる!と自画自賛したいこともあります。(^。^)

 もともとはWEBで公開していたものですが、最後にカキコしてから2年以上放置していました。ナゼかというと月日が過ぎて説得力が無くならないか、無効にならないか、といったことを確かめたかったからです。やがて読者を数えるカウンターもゼロになるだろうし、風化したり経年変化するような主張は自分にとっても興味も無く、ましてやそこに価値を見出したりすることはできないと考えました。いちばん最初のテキストは96年なので、なんとスタートからは10年以上も月日が経っていることになります。インターネット創成期にはいくつかの本や雑誌でも紹介され、サブカルやオタク関連では斎藤環さんが書籍上で紹介してくれています。これは東浩紀さん、斎藤環さんらによる討論本網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ』で、本屋で立ち読みして見つけたときには大変な感激でしたが、同時にちゃんと読んでいてくれる人が少なくないことには責任も感じました。そういったことも含めて、なおさらしばらくは放置してみる気になったわけです。

▲受動的な消費者ための....
 吉本理論に対しては解りにくいという声が少なくないのは確かな気がします。
 何よりも自分自身が吉本さんの本を読むのに苦労しました。全集をはじめ手当たりしだいに読んでいましたが、基本を理解しようと思い初期3部作にフォーカスしてみました。同時に趣味や大学でマルクスなど思想関係にも触れていたので、いちばん気になったのが吉本理論とニューアカとの関係です。バブル経済とともに知も商品となり、消費者が社会の主人公という了解が共有されつつある中で、これは重要?なテーマだと考えられました。

 消費者が主人公だという見解はアカデミズムや思想の世界では少なく、それだけ現実とのギャップが大きいわけですが、もちろん書籍や言説の中に真理や正しい考え方があるというスタンスは、実際の社会ではこれっぽっちも通用するわけがありません。真理は現実の中にしかないからです。しかし、行政(府=国家)はハイパーマーケット(巨大SC)に吸収されると予見するボードリヤールや、受動的な消費者こそ革命主体であると主張するルフェーブルなどの言い分は小数派でした。

 そういった情況の中で、淡々と数字を示しながら超高度資本主義(高度消費社会)で消費者=大衆が決定権を握りつつあると書いていたのが吉本さんです。経済学者で同じような根拠を示していたのは野口悠紀雄さんや中谷巌さんなど少数。自分の仕事でもあるマーケティングや企画調査の世界では常識なのですが、そういった消費者や一般的な生活の中からでてくる見解がプロや専門家の世界になるほど無いようなので、それが不思議でした。そもそもハードロックに狂っていた高校生の頃から、音楽評論家=プロが良いと評価する音楽と自分や仲間内で評価の高い音楽とのギャップに納得できませんでした。しかもヒツトするかどうかの予測もプロや評論家は50%以上外れるようになってきていて、つまり、音楽の評価に関しては決定権がすでに享受者=消費者そのものにあり、プロにはヒツトの予測すらできなくなってきたわけです。

▲TKが象徴するもの....
 その典型的な例として小室哲哉の登場とTKマジックがあります。爆発的な大ヒットを連発し、数年間にわたってNHKの紅白にも小室系の歌手を複数同時に出場させるほどでした。一方でTKは激しい悪罵も浴びました。ここで興味深かったのはTKを否定するものは作曲家、ミュージシャン、評論家などプロばかりだったこと。「音楽理論を無視している」「荒唐無稽」「わけがわからない」「カラオケ向けの商品」....しかもこれらの批判は当たっていました。現実の音(楽)が優先であって理論は後付に過ぎないこと、音(楽)を楽しむのにワク組はいらないこと、オーディエンスの聴く能力が試されること、カラオケで楽しめる大衆向けの商品であること....。TKの生み出す音楽は知が商品化したように消費者向けに商品化された音楽で、しかも、従来の音楽理論でフォローできないコードとメロディであり、それらはオーディエンスにある程度の緊張をあたえつつ新しい音(楽)世界に導いてくれるものだったわけです。でも、そのTKが自らの原点にしていたのは声と詩(言葉)でした。小室哲哉のモチベーションはあまりにもオーソドックスなスタンスにこそあったわけです。TKは間違いなく世界視線を示唆していたのではないかと思いました。

 別の言い方をすると市場という実態の動向(現実の価値)が言説でしかない評価(理論的価値)を超えるようになってきたわけです。または理論は言説でしかないので現実には通用しないということがバレてきた、ということでしょう。それでも理論に価値があるとすれば、その理論を主張している人にとっての自己主張、自己発現として。そのかわりそれは他者のジャッジ=第三者の審級を受けます。これはとても大事なことですが、それは他人にとっても価値のある理論か?という審判に常時さらされるということでしょう。

クールな理論として....
 もともと科学や物理、生物などが好きだった自分は、この世界は3次元で空間と時間の組み合わせですべてを説明できるはずだから....と考えていて見つけたのが『資本論』と『心的現象論序説』でした。
 経済は好きではなかったですが<価値>や<交換>を時空間概念で説明できるマルクスには感動しました。そしてもっと驚いたのが吉本さんです。いちばん科学的ではなく変幻自在で捉えどころがない、しかも専門書を読むと流派?ごとにアバウトか解釈が自由?そうな理屈のオンパレードになっている心理学や哲学。ところが『心的現象論序説』は心理現象が時空間性の組み合わせでキチンと説明されています。

 『心的現象論序説』の<ベクトル変容><遠隔対称性>などの概念も幾何学的なアプローチでブレの無い理解ができます。そのラディカルな概念と理論の組み立ては、まるで<水>が<H2O>と説明されているような感じでした。要所でフロイトへの深い孝察をもとに説明がなされていて、精神分析や心理学の王道も理解できます。さらにそれらの孝察は現象学や現存在分析への根源的な理解と批判にもなっていて哲学にケリがつけられてもいます。

 とにかく『心的現象論序説』はスゴ過ぎる本だったのです。

▲困難なガイド....
 現在、吉本理論と消費者をつなぐことをしてるのは糸井重里さんや渋谷陽一さんなど少数です。もちろんより専門的な立場から橋爪大三郎さんや森山公夫さん芹沢俊一さんなどがいますが、吉本理論がもっと若い世代や新しい層に多く読まれるためにはもの足りない感じがします。

 そういう状況での橋爪さんの〝社会の側が吉本さんのことを記述できるのか?〟という問題提起はショックでした。吉本さんをどう記述するんだろ? あの難解な理論をどう説明するんだろ? だいいち説明できるほど理解した人がいるんだろか? ファン?やアンチの人たちの持ち上げたりコケにしたり、そんな言い分は目につくけど、吉本理論へのクールな解読やガイドは少ないし、アカデミシャンになるほどヘン?....。正当な解読はないのか?と思いつつ、それなら正当とはほど遠いけど自分の独解を読んでもらうのも無しじゃないな、というのが「独解、吉本さん」の企てです。前述したように単なる過去ログの再UP(多少修正有り)なのですが、特に自分で意味があると思っているオリジナルな解釈も含めて、いくつか読んでもらいたいものもあります。

 吉本理論でも特に心的現象論はフロイトへの深い解釈とそれへの3つのレベルの幻想の導入が特徴ですが、これは必然的にラカンと比べられる気がします。ラカンの三界論が相互に不可分であり、その説明すら別個にはできないのと同じに、吉本理論の幻想論や諸概念も個別の説明はムズカシイでしょう。
 ニューアカの聖典?でもある『構造と力』はラカンを構造主義の限界として紹介したものであり、またラカンの限界をソシュール的な認識と視覚像の認識の関係に見出した『文脈病』なども現在の必須のものでしょう。そのため自然にそれらを取り上げながら吉本理論を独解することになりました。また対幻想から共同幻想への遠隔化を権力(の構造)が生成する過程として描ける可能性は宮台真司さんの権力論にも見出せます。大塚英志さんの物語論的なアプローチは共同幻想論の位相ともシンクロします。
 <死>という最大のストレスに対する反応の微分と積分が物語であり、そのシステム化がマテリアルを用意し現存在分析をも踏まえて歴史へ表出しますが、吉本理論はその全過程をフォーカスしているのではないでしょうか。

(2007/2/17)

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